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尚美学園大学 総合政策学部 ライフマネジメント学科 スポーツコース 江頭ゼミ

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2014.8.22

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マネジメント・エージェントとは

 CROSS-BEEの所属選手はプロ野球選手やプロゴルファー等20人近くに及びます。彼らはプロスポーツの選手達ですから、自分のパフォーマンスを発揮する分野(プレー)に集中するため、その周りに存在する様々な業務を単純に我々が預かり、選手に代わって行っています。雑務に近い仕事もたくさん行います。そういう意味では華々しさもかっこよさもありません。仕事の具体的な内容の例として、選手自身の強い要望を聞いたり、選手の家族のフォローをしたり、引越しのお手伝いなども行います。挙げるときりがないですが、細々した事を常時行っています。選手に最大限のパフォーマンスを発揮してもらうこと、プレーに集中してもらうことが大事であり、それが結果的に我々のビジネスにも繋がってくるものなのです。

 例えば、海外に挑戦している選手の子どもが熱を出したとします。選手自身が病院を探して保険の事を考えて、慣れない英語を使って、その上寝不足のままでフィールドに行かざるを得ない。そんな状況を作らないこと、それはとても大事な仕事です。
最も重要な仕事はビジネスが絡んだ交渉事を遂行すること、すなわち選手の価値に対するその対価を支払っていただける企業との契約の交渉業務を司る事です。講演や取材、テレビ出演、コマーシャル等の契約金や出演報酬を、選手に見合った正しい価値として提供されるかどうか、交渉に不慣れな選手に成り代わってスポンサーとの接点を探し、交渉を行います。我々のビジネス対価は交渉成立後、契約の中からマージン(手数料)を頂くという仕組みです。

他人とは異なるアプローチを

契約したい選手との最初の接点は、泥臭いですよ。契約できなければおしまいですし、契約できるような良い選手であれば、我々のような競合他社はたくさんいますので、競争になります。その中で契約をとるために、他社が動きそうもない場所とタイミングで働きかけるということを心がけています。例えば、プロゴルファーはアマチュアの時代から話を持ちかけないと、契約に至らななかったりします。アマチュアの試合は、ギャラリーが試合を観戦出来ない場合もありますが、そういう場合だからこそ行って選手のプレーを見ていました。駐車場あたりからコースに入って行ったり、誰も行きそうにもない大雨や台風のときほどチャンスです。大雨の中、傘も差さずに付いて行ったら真剣であるという意思が自ずと選手にも伝わりますよね。そういうアプローチをしてきました。

 松井稼頭央選手のときは、2003年のフリーエージェント(FA)の目玉の選手だったので、エージェントのような役割の人が、周りにたくさんいたことは容易に想像がつきました。各スポーツエージェント間において差別化は容易なものではありません。なので、「エージェント」という立場ではなく、「出版社」という別の違った立場で接点を持ってみる事にしました。私自身は出版社の人間ではないですが、たまたま稼頭央選手がプロ入り10周年で記念の年でしたので、「記念に自身の自叙伝を作っておきませんか?」という提案をしてみました。10年間の軌跡を作り、引退したときに自分で振り返ることができるようなものを。すると、本人が大変喜んでくれその場で制作が決まってしまい、月2回遠征先のホテルでの定期的な取材が始まりました。こちらからすると時間を気にする事の無い遠征先の方が有難かったです。そのうち、生い立ちから全て取材をしていく訳ですから、稼頭央選手との距離感は近くなりますよね。「話したこと理解してくれたよね」という安心感が生まれてきたのだろうと思います。そしてある時稼頭央選手から、「実はこういうエージェントが来ているんですよね、神崎さん知っていますか?どんな人で、どんな噂ですか?」と訊かれました。そのとき「俺じゃダメですか」という話を切り出した事から話が始まり、後に紆余曲折ありましたが契約をしてもらえる事になりました。

 他の人と同じアプローチをしても良いことないですよね。例えば就職活動時に、みんな同じスーツ着て、こんなこと学びました、って言われてもどう採点して良いかわからないです。うちも採用活動をやっていますが、スーツは着て来ないで下さいとお願いしています。カジュアルで来られたときに、「この人はこんな洋服のセンスなのか」という、個性が見えないと人って判断しにくいです。それは逆も同じで、相手の人に見てもらうのに、印象づけるためのことは今でも考え続けています。

仕事のやり甲斐

本音として、彼らが優勝したり、活躍したときが一番のやり甲斐を感じますね。昨年イーグルスが優勝したときに、稼頭央選手が喜んでいるのを見て心底良かったと思いました。本音で嬉しかったです。苦しんでいた時代を知っているし、その時期を支えてきたという自負もあるので。選手達が良い思いをするのは嬉しいです。違った意味での本音は、大きな契約が取れたときですかね。

スポーツエージェント業務の実状

crossbee05.jpgスポーツエージェントは一見華々しく見えるかもしれませんが、日本においては事業としてはまだまだ盤石ではありません。スポーツエージェントの仕事は、当然我々エージェントの頑張りが最も大事ですが、選手の成績や怪我に左右されてしまう部分もあり、安定している仕事とは言い切れないところがあります。長期間に渡り結果を出し続けている選手が所属していれば話は別ですが、そのような例はそんなにはないです。所属選手が怪我をしたりスランプに陥ってしまったりしたら、会社としても大きな痛手です。もちろんそのようなことが起きないように、選手周りのケアや雑務は行いますが、だからと言って絶対に様々なアクシデントを防げる訳ではありません。そういう意味でもスポーツエージェントの仕事は難しいものだと思います。

 そこで所属選手だけではなく、それ以外の選手や企業とのエージェント業務も行っています。例えば昨年でいうとゴルフ界最高峰のトーナメントである「マスターズ」で見事優勝を勝ち取ったアダム・スコット選手とユニクロさんとのグローバル・アンバサダー契約を取り持ちました。

 ユニクロさんは自社のポロシャツなどをスポーツシーンで着用してもらいたい。特にゴルフ市場に興味を持っていました。速乾性のある素材も開発していましたし、ゴルフ専用のポロシャツとの機能差はありませんでした。そこで世界的なゴルファーとの契約を望んでいました。テニスの錦織圭選手や、ノバク・ジョコビッチ選手など、トッププレイヤーとグローバル・アンバサダー契約を結んでいたユニクロさんに、私たちは何度も色々なトッププレイヤーを提案していました。世界でトップが取れる可能性があり、ウェア契約ができるトッププレイヤーは限られています。私たちは苦心の末アダム・スコット選手を発見しました。そしてマスターズからユニクロロゴの入ったポロシャツを着てもらえる様に調整したのです。すると、その大会でアダムスコット選手が優勝した事により、TVやメディアに本当に数多く取り上げられました。

 ユニクロさんは大喜びでした。試合の後でアダムスコットは、タイガーウッズにそのマークは何だと聞かれて「日本のカジュアルウェアさ」と答えたそうです。ユニクロさんのグローバル戦略に協力できているという自負もありますし、ゴルフ業界にもアピールできたと思います。こういった企業側からの依頼で有名選手にスポンサーをブッキングすることも、スポーツエージェントの仕事なのです。所属選手との仕事も大切ですが、同様に企業との関わりはスポーツマネジメントエージェント業務を行うにあたって非常に大切だと考えています。

独立へ

私がリクルートで営業の仕事をしていた頃、当時近鉄バファローズのエースだった野茂秀雄選手ががアメリカ・メジャーリーグに渡る祭、球団との交渉事の間に入り野茂選手の渡米を実現させたあげた人がいました。その時エージェントの仕事があることを知り、こんな仕事ができたらいいな、と思いました。その翌年にもきっかけとなったことがあります。私の大学野球部の後輩が同じ近鉄バファローズにいましたが、怪我で試合に出られず、年俸も大幅に下がってしまったのです。選手というのはビジネスマンではないので球団との交渉事に長けているわけではありません。そのときに、野茂選手の時のようにエージェントの人がいれば、選手の立場を守ってあげられる事もできるだろうなと思ったのです。それから三年間、リクルートで働きながらスポーツの仕事を研究しました。

 そして、あるスポーツマーケティング会社を見つけたのです。今とは違い、スタジアムやピッチに看板広告がない時代に、先駆けとして始めた人が日本にいる、という事を知りアプローチをしました。その頃リクルートには「アントレ」というベンチャー企業向けの雑誌がありました。私は営業マンで、編集ではなかったですが、社長宛に「編集の者で、雑誌に載せるための取材をしたい」と言って電話し、実際に取材へと出向きました。こうしてターゲットの人に会うことに成功したのです。その後も策を練りました。取材の原稿は普通ならFAXをしチェックをしてもらうのですが、私は取材をした社長宛にアポイントをとって何回も持参しました。こうして心理的な距離が縮まっていったと思います。。ある日社長が会社で求人を出しているけど「いい人いないんだよ」言っていたので、私が「そうですか、いい人いるんですよ」と自分の履歴書をスーツの内ポケットから出しました。ずっと履歴書を持っていたのです。そして、社長は笑いながら「じゃあやってみろ」と採用を決めて頂き、そこで3年間カバン持ちから仕事を覚えていきました。

 独立をするための自信は、そのスポーツマーケティング会社で働かせて頂いた3年間でたくさんの成功体験を得る事ができたことでつきました。大きなスポーツの仕事は大手広告代理店さんがやっていて、小さな会社は隙間を縫うように活動していたのです。私は、その当時メジャーリーグでホームランキング争いをしていたサミーソーサー選手が、メジャーリーグの開幕戦を日本で初めて開催されるときに、メインスポンサーとなってくれた企業を見つける事ができました。リクルート時代の営業経験が非常に大きな武器になりました。スポーツのスポンサーになりたい人や企業は、意外と多いと思っています。そういう情報をよく調べて、たくさんの人に会いに行きました。そして、実践してきた営業を基本通りに行ったのです。人材ビジネスとスポーツビジネス、業界は違いましたが徐々に成果が出てきました。私が在籍した3年間で大きな仕事が数多くできる運にも恵まれました。この期間に、上手にスポンサーセールスができていないプロ野球の球団やJリーグのクラブがあり、そこのスポンサーシップをセールスさせて頂き、実際にいくつかの契約をまとめる事もできました。それを繰り返すうちに、この世界での知名度や、神崎って男がいる会社というイメージは形づくられていったような気がします。このようなことが積み重なり、私自身の中で「いけるかな」という思いが芽生え、独立という道を選択しました。

学生へのアドバイス

人とのコミュニケーションを正確に取れるように努力する。つまり「会話力」を身につけること、学生時代にやっておくべきことはこれです。私は学生の頃、野球ばかりしていました。勉強もしていないし、喋るのも上手くはありませんでした。当時コミュニケーション能力はゼロに等しかったと思います。その後リクルートという会社に入り、営業の仕事を始めましたが、1年間は全く売れない営業マンで終わってしまいました。体育会だから元気はある、謝りは早い、声は大きい。でもそれだけでした。形はできていても応用はできませんでした。ところが、これができても役には立たず、売れるためにはコミュニケーション能力が必要でした。それは学生の皆さんが就職活動を行う場合も同じで、面接ではビジネスの世界における社会人の会話になります。特に今の学生同士のやりとりはメールで済むことが多くなっています。人と違うことを、人にインパクトが与えられる話し方をしっかりと身につける。これは学生時代に勉強しておくべきだと感じます。

 私たちの仕事は、外に出て企業や選手と話をする。そこでも、会話をする力はものすごく大事です。その会話をするだけでも、話すこと聞くことのバランスや、選手の気持ちを理解してあげられること、選手に信頼してもらえることが大切だと思います。このようなコミュニケーションをとるときに、営業の仕事が役に立ちました。もしエージェントの仕事をしたい人がいるなら、商材にかかわらず、営業の仕事を経験しておくべきだと思います。



<取材・編集/ 鳴海康成、小林崇人、井上ほのか、加藤千奈>