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尚美学園大学 総合政策学部 ライフマネジメント学科 スポーツコース 江頭ゼミ

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2013.9.20

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スポーツの仕事に就きたい!!

 僕は幼稚園、小学校くらいから高校までずっとサッカーをやっていました。大学の時に部活に入部しようか悩んだのですが、部活には入りませんでした。それで、勉強やサークルや遊びを中心にして、大学生活を満喫していました。なんて言うか普通の大学生だったんです。大学2年生の時に「このままじゃなんか面白くない」、「やっぱり高校で部活をやっていた時のほうが楽しかった」と強く思うようになったんです。勉強やサークルや遊びでは必死になかった。その時に、「じゃあ、唯一自分が好きなスポーツで何か興味あることないかな」と考えました。僕が熱くなれるものはやっぱりスポーツだと考えたわけです。まずは、パソコンで検索しました。そしたら「ヴィッセル神戸スポーツビジネスカレッジ」が出て来たのです。ですがこの時はあまり興味が沸かなかった。その1週間後くらいに。当時一番仲の良かった友達が偶然授業でそのヴィッセル神戸スポーツビジネスカレッジのチラシを持っていたんです。聞いてみると、彼は行くことに既に決めていました。それでその友達の後押しを受けて一緒にヴィッセル神戸スポーツビジネスカレッジに入ることになりました。
 最初は、「Jリーグのクラブで何か働けるのかな」、「選手と会えるのかな」という興味本意で入ったのですが、ヴィッセル神戸スポーツビジネスカレッジの講義を通して、実際にスポーツの現場で働いている人にお会いしたことで「僕もこのような方たちの様にスポーツの近くで働きたい」と思うようになりました。ヴィッセル神戸スポーツビジネスカレッジで、スポーツの現場を体験したことがきっかけで、僕はスポーツの仕事に興味を持ち始めました。

大学生活を捧げた…

RAW02.jpg 大学時代は主にヴィッセル神戸スポーツビジネスカレッジの活動をしていました。そこは神戸近郊の大学生50人くらいが集まって、プロスポーツクラブのマネジメントを学んだり、イベントの運営・企画を行なったりする塾のようなところです。僕はそこに2年通いました。本当は1年間しか通うことができないのですが、特別に2年間通わせていただきました。実際にヴィッセル神戸のJリーグの試合運営をさせてもらい、講義でスポーツの世界がどういう風に動いているのかを学びました。そこでの実務経験が今の仕事にも役立っています。学んでいたのはサッカーのことですが、構造などに関しては野球でもほとんど変わりませんからね。
ヴィッセル神戸スポーツビジネスカレッジに通い始めてからは、サークル活動や友達との時間は減ってしまったのですが、それでも楽しかった。通い始める前には、大学生活の中でサークル活動など大学生らしい遊びもしていたのですが、自分の中で何か違和感がありました。それがヴィッセル神戸スポーツビジネスカレッジに通い始めて、たくさんの経験をしたことで、「俺これだわ!」というのを感じて、大学生活をそれにすべて捧げていきました。熱くなれるモノに出会うことが出来たのです。
その後はスポーツの仕事に就くために何でもしました。当時からスポーツ関係の方たちが集まるイベントなどには、自分から積極的に参加することを心掛けていました。そういう場に行ったら、何かを獲得して帰ってくるんだという強い意志を持って、とりあえず色々な所に顔を出していました。名刺を作って、スポーツ業界に人に積極的に話しかける。僕の知らない情報や人物に会うことで、視野が拡がると同時にスポーツの仕事に対する情熱も高まって行きました。人との出会いを貪欲に求め、その人たちを大切にしてきましたね。

スポーツが僕を助けてくれた

 インタビューを受けていて思い出しました。僕がスポーツを仕事にしたいと強く思う、キッカケになった出来事があります。小学校の頃、父親の転勤でアメリカに行きました。3年生の頃だったんですが、とにかく辛かった。言葉が全く通じないし、アジア人は僕だけで浮いていました。小学校の授業で唯一救いだったのが体育の時間でした。その頃僕は運動神経が良かったこともあり、体育の時間だけは英語ができなくても「僕らしさ」を発揮することが出来たのです。英語や、算数や、社会の時間は、先生も僕の扱いに困っていたと思います。でも体育の時間はそうじゃなかった。みんなと同じ、もしくはそれ以上でした。
 何度か体育の時間にイイ所を見せた結果、下校後友だちが僕を誘いに来るようになりました。「タツヤ、フットボールしようよ」言葉は解らなかったのですが、そんな仕草だったのを覚えています。毎日暗くなるまで、彼らと外でボールを追いかけるようになりました。渡米後3ヶ月位たった頃のある日、友だちとのコミュニケーションがスムーズになっていました。英語が話せるようになっていたし、冗談も言えるようになっていました。もしあの時、一緒にスポーツをしていなかったら、あのまま引き篭っていたかも知れません。ボールを追いかけるのに、言葉も文化も関係無いんです。一緒になって遊んでいるうちに、壁がみんな無くなった。そんな感じでした。その後は、アメリカ生活が楽しくて楽しくて、15年近く経った今でも鮮明に記憶に残っています。僕はあの時、スポーツに救われたんです。スポーツのチカラを僕は知っているし、恩返しをしないといけない。だからスポーツに関わる仕事をしたいと強く思ったんだと思います。

就職活動

 スポーツチームのHPや携帯サイトを運営している会社に内定をいただきました。選んだ理由は、学生時代に神戸で出会った魅力的な人たちと離れたくなかったからという事と、スポーツに携わる仕事だからです。最初はそのITの会社で卒業後働く予定でした。ところが、僕の卒業した年がちょうどリーマンショックと重なり、卒業後すぐに働くことができい状況となってしまったのです。
 その会社の社長から「1ヶ月待ったら会社で働けるかもしれないけど、保証はできない。同時に就職活動を始めてほしい」と言われました。大学の卒業式も終わった後です。友人に話すこともできないまま、再び就職活動を始めました。1ヶ月が経ち、ITの会社で働くチャンスももらえましたが、就職活動を始めていたという手前もあり、こちらからお断りし、そのまま就職活動を続ける決断をしました。結局、8月頃まで神戸で4ヶ月間就職活動をしました。ただでさえ景気が悪い時に、スポーツの仕事に就けるわけがありません。行き詰ってアパートの部屋で天井を見つめたまま、3日間過ごしたこともあります。天井を見ながら自問自答を繰り返した結果「もうスポーツはいいや。スポーツにこだわらず、何か目標を作って日々頑張らないと生きている意味ないな」と気づいたんです。そして、自分を採用してくれる会社を探しました。

初の仕事はスポーツ関係ではなく、アパレル関係!?

 神戸の素晴らしい仲間と、スポーツ関連の仕事という希望を失った僕は、実家のある千葉県に戻りました。とにかく何か仕事に就かないと、いつもでも無職でいるわけにはいかない。もうスポーツの仕事にこだわっている余裕がありませんでした。関東で就職活動を始めた結果、縁あって婦人服のアパレル会社から内定をいただけました。僕はアパレルなんて全くやったことなかったのですが、仕事はすごく楽しく、自分を拾ってくれた会社だという思いも手伝って、頑張って仕事をしていました。楽しくて「ずっとここで働いてもいいかな」と思えた時もありました。
 少し経って仕事を覚え始めた頃、僕の中のスポーツに対する執念が蘇って来たのです。卒業後働く予定だったIT会社の社長は僕に親切で、アパレルに就職してからも定期的に僕の事を気にかけてくださっていました。この社長に相談し、柏レイソルの運営ボランティアを紹介してもらったのです。月曜日から金曜日の平日はアパレルで働いて、土日は柏レイソルでボランティア。忙しかったのですが、仕事だけをしているより充実していました。「レイソルの方々や関東のスポーツ関係の方々と知り合いになって、いつかはスポーツ業界に戻れる」そんな自信を取り戻しつつあったのかも知れません。

アパレル関係からローリングスへ

raw03.jpg 「ローリングスっていう野球のブランドが日本で立ち上げる予定で、人材を募集している」と内定をいただいていた会社の社長から電話があって、面接を受けに行きました。そしてたまたま運良く採用してもらえたんです。アパレル関係の仕事でモノの売り方は知っていました。ビジネスの構造は似ている。それが野球のモノに変わるだけでした。野球は詳しくありませんでしたが、仕事の進め方はハッキリイメージ出来ました。
  ずっとサッカーをやっていましたから野球のことは正直詳しくありませんでした。面接の時にもローリングスの社長に「野球は全く分かりません」と言ったくらいですから(笑)。

井上さんの将来

 海外で仕事がしてみたいです。僕が小学校の時に、親の都合で一年半アメリカに行った経験もあるのでもう一度海外に住んでみたい。4、5ヶ月は英語が話せずとても苦しい思いをしました。それでも休み時間に友達とするサッカーは唯一全てを忘れられる時間でした。今は仕事で使うので日常会話は出来るのですが、やはり英語が話せなくなっていることが悔しいですね。ローリングスの社員は9割英語が話せるので、これからは英語が話せないと自分自身の世界観も広げられないと思いました。だから今はヨーロッパやアメリカの大学院に通うことも考えています。

学生へのメッセージ

 旅をすることと、人と出会うこと。大学時代に絶対にやっておくべきことは、この2つです。
「どーなりたいの?」僕は世界を見るまで自分の人生を、真剣に考えたことはあまりなかったんです。自分らしくやりたい事を思いっきりやっている大人たちに、出逢って衝撃を受けました。その人たちは、とにかくカッコ良かった。そんな人たちに「どーなりたいの?」と聞かれたときに思い出しました。子供のころアメリカで過ごした、キラキラした日々のことを。次第に僕の中に、どこか世界を見に行きたいという気持ちがどんどん湧いてきたんです。留学の経験はありましたが、初めて自分の意志で海外に行きました。それはカンボジアでのスポーツボランティア。毎日眠るのも惜しいくらい刺激的でした。自分と世界の価値観の違いや自分の視野の狭さを知り、まだまだ色んな国に行ってみたいと思いました。仕事は夢を叶えるための手段。一度は世界を旅して、見て感じてください。そして自分の周りにいる人とこれからの出逢いを大切に大学生活を過ごし下さい。

<取材・編集/榎本梓、軽石竜也、佐藤夏美、田中茜>