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尚美学園大学 総合政策学部 ライフマネジメント学科 スポーツコース 江頭ゼミ

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2015.7.12

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尚美学園大学に入学

 サッカー選手になることができた選手の中では珍しいと思うのですが、選抜に入ったことがありませんでした。小学校の時に市町村の選抜は入っていましたが、中学や高校の時も県選抜はおろか地域の選抜にも入れませんでした。中学まで周囲の注目を集める様な、特別なプレイヤーでは無かったです。今になって振り返ると高校進学の時、挫折を味わいたくないから無難な進路を選んできたのかも知れないと思います。

 高校3年生の時、サガン鳥栖で選手をやっていたOBの選手が、運良くサッカー部のコーチとして3ヶ月だけ来ました。そのコーチがいた3ヶ月間は、私たち部員にとってプロへ進む大きなチャンスでした。精一杯アピールしましたが、私は選ばれませんでした。部員の一人が声を掛けられてチャンスを掴みました。そういう選手を間近に見て、初めて今の自分のままじゃプロにいけないぞって危機感を感じることできました。

 それまでの私は挫折をしたくないから、挑戦を避けていたと思います。このままやっていけばなんとなくプロの選手になれるだろう、というイメージを自分の中で作っていました。それに対する具体的な行動も起こしていませんでした。夢に対して向き合っていなかったです。夢に向き合っていなかった自分を初めて強制的に向かわせたのは、その時の出来事でした。元プロ選手のコーチが見ている前で、精一杯のアピールをすること。なんとなくではなく、自分から挑戦しないとダメだと考え方を変えることが出来た出来事でした。

大学での経験

 大学に入ってすぐにサッカーをやめようと決心するのに充分な出来事がありました。私の代は尚美大学でサッカー部の新入生は200人いました。私はサッカー推薦で入ったわけでもなくほんと下の方で、上手い学生ばかりで、もうやっていけないと思いました。思いながらもサッカー部を続けていると、それはもう地獄絵図なわけです。自分より上手い学生はごろごろいて、練習にはついていけませんでした。初めてその時に夢は叶わないと思いました。今まで甘っちょろくサッカー選手になれると思っていた私はコテンパンに叩きのめされ、すがるものがなくなりました。やっていられないなと思ってサッカーをやめようと思いました。大学に入って1〜2か月はそこでもがいていました。

 その時にサッカー選手になることを「諦めよう」と決め、サッカーに対する目標をかえました。「大学4年間で1回トップチームの試合にベンチ入りする」と変更したら、変なストレスが無くなって楽になったんです。そしたらⅮチームの友達の中で気の合う友達ができ、2人で一番遅くまで残ってナイターが消えるまでグラウンドで練習して、いつか試合に出られたらいいなというような話ができる友達ができて、自分の中に余裕ができてきました。

 大学2年生の時に足に怪我をして手術をしたのですが、その時にやることがありませんでした。手術代が10万くらいだったのですが、保険金が10万おりるということでした。親にその10万を使わせてやるから何でもやってみろと言われました。自分が今までやったことのないことをやってみようと思い、イギリスにサッカーをふらっと見に行きました。イギリスのサッカー文化に触れて初めて、具体的に将来サッカーというスポーツをやりながら、ご飯を食べていきたいなという風に思いました。サッカーの質というものは素晴らしかったです。けれども一番印象に残っているのは、イギリスという国の文化の中にサッカーが溶けこんでいたことです。本当に老若男女がサッカーを楽しんでいて、人々の生活の中にサッカーが寄り添っているという環境でした。スケールは違うけど日本にも生活の中にサッカーというスポーツがある。私もその中の主役でありたいと思ったことが、サッカー選手になりたいというところにつながったと思います。大学に入学してスグに実力差に圧倒され、プロという目標を降ろしていた私ですが、完全に諦めることは出来なかったです。心の奥には、ぼんやりと将来的にサッカー選手になりたいというざっくりとしたイメージが残っていました。本当にサッカー選手を職業としてやりたいという、ギアが入ったのがこのイギリスの旅で感じたことでした。

 具体的にプロを意識するようになってからは、いつも頭の中にイメージがありました。それは練習時に限ったことではなく、生活の中でも常にありました。意識の変化は以前と比べて明確でした。何が違ったかといえば自分が普段生活していく中で今まで意識していなかった部分でも、サッカーを意識し始めていた気がします。食事に関してもそうだし、普段の練習に対するひとつ一つの取り組み方にしてもそうです。24時間365日常に基準ができたような感じです。「今私がしていることは、サッカー選手になるために正しいのか」を毎日測っているようなイメージでした。

プロの選手になって

mitsu02Z.jpg プロの選手になれたときは、ひとりでガッツポーズしちゃうくらいめちゃめちゃ嬉しかったです。パルセイロに入団して開幕からスタメンで使ってもらえましたが、ある試合をきっかけに私は試合に出られなくなりました。その試合では試合前から熱を出していて、試合中に自分で手を挙げて「試合できません」と言ったのです。監督は熱が出ているのを知っていて、それでも「いや、お前いけ」と言って使ってくれていました。でも私はその監督の期待を汲み取ることができませんでした。今考えれば、監督が言った「いや、お前それでもいってこい」という言葉の意味をわからなかったのです。それは多分これを超えられたら、また一歩お前に対する信頼ができる、ここで壁を乗り越えてみろ。そんな意味だったと思います。私が超えていたら間違いなく信頼を得られていた。私は自らそのルートを、私自身で降りてしまったのです。

 プロの世界の厳しさというものを肌で体験しました。何かでメシを食べていくっていうのは、そういう世界なのだということだと感じました。プロの選手は根の張り方が違います。何度倒れてもそこにすがっていくと差が出てきます。寄せる1センチが違うと大きな違いになります。その1センチを埋めるためにサッカー選手は毎日いろいろな苦しいことをやっています。それが「プロ」にあって「アマチュア」にはないところです。今日の試合ダメでもいいや、しょうがないと思える選手は、その一歩が積み重ねられないです。でもプロの選手はその1センチ、1ミリをいつも積み重ねていかないと生きていけません。そこがやっぱり大きな違いです。1センチを積み重ねる努力をしている選手は魅力的な何かを持っています。マスコミにボロクソに叩かれても、自分の信念を貫いて一発結果だして「ほらみろ」と。スポーツ選手とは、失敗していく選手がたくさんいる中で、自分の信念を貫いてその判断の結果、成功する選手なのだと思います。

 パルセイロでメンバーを外れてからは、死ぬほど練習しました。でも今思えばその選択は間違っていたなと思うのです。自分の中では練習をすることでそれがアピールにつながる、試合に出られると勘違いしていたのです。練習することに責任を転嫁していました。練習をすれば誰かが見てくれているだろう、誰かが運を引き寄せてくれるだろう、みたいな感じです。でもサッカー界ってそうじゃない、練習してもしなくても結果が全てなのです。だから練習量ではなく、自分のサッカー人生に対して責任を持てるかどうかが大切なのです。自分で軸を持って行動ができていれば、もっと違うやり方があったと思います。試合前には練習を制限して牙を研いで、次の紅白戦に備えてそこにピンポイントで集中してアピールするみたいなやり方。オンとオフの切り替え、ギャップのような緩急をつけられればもっと良くなっていたと思います。

 プロの選手は結果の出し方を知っているし、それを追求できます。はたから見ればそれがサッカー選手として批判されることであっても、結果が出るのなら躊躇なくそれを選択できる人がサッカー選手だと思います。人の器だとか、ヒューマンスキルが違います。そこに懸ける意気込みであるとか、人生を懸けてサッカーをやっている選手は背中の厚さが違うのです。

今思うこと

 今自分で会社を立ち上げて仕事をしていますが、自分がパルセイロにいたという肩書がなければ今このステージに立てていないです。パルセイロの選手だったから出会えた人もたくさんいました。プロでやっている選手とアマチュアでやっている選手は基本的に違う選手だと思ってもらっていいくらいに意識の部分で違いがあり、プロの選手はその領域のトップ層の人たちのメンタリティだとかバイタリティを常に体験・体感できます。ビジネスマンでも選手でも一緒だと思いますが、高いレベルを知ることが出来るということは人生においてすごく深い意味があると思います。取り組む姿勢や、目的に対する意識に触れることが出来るのはいいことだと思いました。サッカー選手になってよかったと思えることは数多くありますが、一番はサッカー界のトップクラスの選手たちと触れ合えたことです。トップ選手との戦いを肌で感じることができたという経験は、何にも代えられない財産になりました。

 プロの選手とアマチュア選手の実力差はあまりないですが、上のレベルに行くか行かないかは紙一重です。だけどそこに行くか行かないかは今後の人生において大きく違ってきます。何かを高いレベルでやりたいのなら、私は間違いなくその業界の一番高いレベルのところに行くべきだと思います。給料がなくてもそこに行くべきだし、間違いなくお金では買えない財産になります。雑用でもなんでもいいので、高いレベルに行くべきだと思います。

サッカー選手になるために

 サッカー選手になりたければ練習すること、そして練習に参加すること。あとは社会人としての教養が必要となってきます。就活と一緒で、とにかくサッカークラブに入りたいのであれば、サッカークラブのテストを受けた方が良いです。それは早ければ早いほど良いと思います。いろいろな社会人のチームに行くべきです。うちのクラブもそうですけど地域のクラブで受け入れてくれるところと、くれないところがあると思うのですが、社会人のサッカーというものを知っておくと良いと思います。学生と社会人のサッカーの技術は学生の方がうまくても、そのやっている内容だとか、生きている生の感じというのは全く違います。大企業を受ける前に中小企業を受けておいた方がイイ、みたいなこと言うじゃないですか。それと一緒で早くから社会人としての環境を体験しておくと、いざサッカー界に挑戦する時に免疫というか、なんとなくの経験値というのがあると思います。

 学生時代は遊んでおくことも大切だと思います。バランスですね。人としてのバランス。楽しむときは楽しむことも必要だと思うのです。登山をしているときに下ばかり見てただただ上を目指すのではなく、今見えている景色を楽しみながらやっていくような意識づけは大事だと思います。視野が狭くならないようにすることですね。

学生へメッセージ

 間違いなくサッカー界・サッカー選手というのは華やかな世界だし、やっぱり違う世界だと思います。それは間違いなく感じます。サッカーに携わる仕事とか、スポーツに携わる仕事をしている人からすれば、現場でプレーしている選手はそのスポーツ業界で一番の花形だと思うし、そうあるべきだと思います。だからプロのサッカー選手を目指してください。険しい道ですが価値はあります。今でも私は可能なら、サッカー選手としてずっと生きていけるというのは一番良いことですし、それを目指すべきであると思っています。

 ぜひサッカー選手を目指してほしいです。サッカー界は華やかで凄まじく素晴らしい世界だということを知ってもらいたいですし、そこの世界に踏み入れれば本当に人生が変わります。それくらいに思ってもらって良いです。学生のみんなにも本当に素晴らしい世界だということを常に伝えていきたいです。苦しむことは入ってからやればいいと思います。とりあえず入ってみて、入ってみてほしいです。とにかく華やかだし素晴らしい世界で、行けば間違いなく人生が変わる場所です。だから人生を懸けてでも挑戦してほしいなと思います。

<取材・編集/
日向浩平、森橋健太>