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尚美学園大学 総合政策学部 ライフマネジメント学科 スポーツコース 江頭ゼミ

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2016.12.10

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舞台衣裳の仕事に関心を持ったキッカケ

 母親に凄くいいから騙されたと思って見て観てこいと言われて劇団四季の「オペラ座の怪人」を観ました。その時は衣裳の仕事があるとは、知りませんでした。衣裳と照明、音響と装置、舞台の上の俳優。その総合芸術の素晴らしさに感動しましたが、そこで衣裳の仕事をやってみたいとは思いませんでした。その発想がなかったのです。衣裳の仕事を本気で考え始めたのは大学3年の時、友人に誘われて観た宝塚の舞台でした。宝塚の舞台を観たことが無かったのでインパクトが大きかったんです。ものすごい人数でした。これだけの衣裳を用意するのは大変だろうなと驚きました。そのとき、衣裳の仕事を意識したんです。宝塚は毎日公演があります。毎日同じ衣裳を着て、これだけの着数を用意して・・。その衝撃を友達と話をしたのを覚えています。それがキッカケで、スイッチが入りました。だから就活もしませんでした。まず、会社で働いている自分が想像出来なかったんです。

大学時代

 大学では栄養学を専攻していましたが、大学受験の時に漠然としていて、栄養学に興味はありましたけど、何を学ぶとか、そういう具体的なリサーチが不十分なまま合格してしまいました。入学した後で、これは理系だなと気づいて、迷いながら大学生活を送っていました。それもあって大学の延長線上にある就職は想像出来なかったんだと思います。
 その時衣裳の仕事に絞っていたわけではありませんが、実家が服屋だったこともあり、とりあえず服飾系の学校に行こうと思いました。家を継ぐつもりはなかったんですが、その衣裳への興味のこともあったりして、とりあえず大学を出てアルバイトをしつつ夜間学校に通いながら衣裳を作ろうと意思が固まったんです。
 大学を卒業してからまた専門学校に通うのは勇気がいりました。受験時入学時に22歳でしたので、卒業するときは26歳ですから。今振り返ってみると、20代は何でも出来るんです。色んなものを見て、色んな刺激を得るためにアクションを起こして、色んなことをして可能性を知るのが大事なんです。私もそのような舞台を見るきっかけがなければ、このような発想にはたどり着かなかった、何が人生に関わっていくか分からないと思いますね。

学生時代にすべきこと

 色んな価値観に大学時代に触れることです。学校だけじゃなくて、課外活動とか、アルバイト先とか、色んな人と出会えたことが、私にはとても良かったです。あとはもっと大学の勉強をしておけば良かったと思います。大学4年間は勉強だけできる貴重な期間です。今でも勉強は出来ますけど、仕事との兼合いも考えないといけない。勉強だけに集中出来る期間ってやっぱり学生時代しかないですから。この仕事をやっていて思うのは、英語を勉強しておけば良かったと思うのと、歴史をもっと勉強しておけば良かったなと思いましたね。日本の歴史、世界の歴史。もちろんファッション史は勉強していますけど、ファッション史を含む大きなくくりでの歴史です。今私が担当している「李香蘭」という作品は、時代で言うと戦前から第二次世界大戦の終結のころまでの話です。その当時の文化や政治的な背景が分からないと、どのような衣裳を用意したらいいのかわかりません。歴史というのはその時代だけではなく、前後との繋がり、世界との繋がりを理解しないとダメなんです。そういう基礎的な知識を持っていれば、今こんなに苦労しなくて済んだと思います(笑)。

shiki-02Z.jpg劇団四季 技術部 コスチューム担当の大栗さんは、今まで、「クレイジー・フォー・ユー」、「李香蘭」、「王子とこじき」「ガンバの大冒険」「アラジン」などの衣裳を担当。大学では栄養学を専攻していたが、学生時代に観た「オペラ座の怪人」に衝撃を受けたことと、ご実家がファッション業界だったこともあり、大学卒業後4年間服飾の専門学校に通い、見事劇団四季に入社した経歴の持ち主です。

劇団四季に入団

専門学校ではデザインの勉強をして、ひたすら舞台衣裳の仕事をする為に必要な事を学んでいました。いままでの人生で一番勉強した時期です。当時はインターネットも無くて就活の情報もあまりありませんでした。だからどうしたら舞台衣裳の仕事に就けるか全然わからなくて、とりあえず本屋さんに行って探したのですが映画衣裳の方が多くて、舞台に関する情報はありませんでした。衣裳デザイナーのところへ行って無給アシスタントさせてもらうくらいしか、舞台衣裳の仕事への入り口が無いと考え始めた頃、たまたま劇団四季のスタッフ募集の記事を見ました。これは「やりたいことができてお給料がもらえる」私にとっては理想的な求人でした。四季の募集を初めて見たのは専門学校3年次でしたので、4年次に四季の求人に合格することを目標にしました。

はじめは本番付き

 入社して一週間後、その時日生劇場では「クレイジー・フォー・ユー」という作品をやっていました。その「本番付き」と言って、俳優の早替えの手伝いですとか、本番終了後のメンテナンスなどをやることが最初の仕事でした。入ったときは「明日から日生の本番付きね」と言われて、(本番付きって何?)っていうレベルで、仕事内容も分からない状態で入ったんです。その作品はすごく衣裳の早替えが多いので、手伝わないと間に合わないんですね次の出番に。だから早替えなどの衣裳の着替えを手伝ったり、日々衣裳が壊れるからそれを直して次の公演に向けて整えるという仕事でした。早替えにもルールがあって、劇団四季は出番に「間に合わなかったら裸で出ろ」と極端ですが言われるくらい舞台の上に役者がいないのが一番よくないんですよ。衣裳がどんなに着崩れていても。舞台ってやっぱり本が大事なんです。それで本のセリフを語る演者がそこに居ないのが一番よくないんですね。でも私たちは衣裳を担当してるからちゃんとした格好で出てほしいから、すごく頑張って着替えさせます。ジャケットは着ていなくても舞台への影響は少ないですが、靴を履いていないとすごく不自然で、もしお客さんが気にして気が散ってしまったら、舞台を壊しかねないですよね、ですから早替えはスピードだけではなく、なにかトラブルが起きて間に合わない事態も想定して着る順番や段取りなど細かく計画を立てます。

衣裳の仕事

 舞台の初日は決まっています。初日は変えられない。切符(チケット)も売れています。だからどんなことがあっても絶対に間に合わせなければいけない。どんなことが起きるかというと、それこそ本番の直前にキャストが変わってしまった。用意していた衣裳ではサイズが合わない。という場合ですとか。あとは衣裳付き稽古をしていく・・・衣裳付き稽古はだいたい舞台稽古にいく直前にやるんですけど、衣裳を着けて並んだ時点で、演出家からあの衣裳では違うと衣裳に対してNGが出る訳です。それが小さいダメ出しでしたら直していけるのですが、デザイン自体がもうNGだった場合はまた一からとなりますから。デザインは紙の上で見るのと稽古場で見るのと舞台上で見るのとは、見る人の捉え方が変わるので、直前でNGがでるのはある程度仕方がない事だとは思いますが、正直なかなか辛いところです(笑)

 この仕事での第一関門は人間関係のストレスを消化できるかです。新人として入ってスグの間もない頃は先輩から色々怒られます。単純なミスから、自信を無くすことも、メンツに関わることも、大概は怒られるんですね。新人の時にそういうことがあって、まずそこが続けられるかどうかの境目ですね。第一関門(笑)入って一週間だろうが何だろうが、その日に怒られるので、でもどうしていいか分からないですよね。だけどそれを自分で考えたり周りの人を見たりしながら乗り越えられるか、心が折れないかが最初の関門です。(これは私の新人時代の話ですから。今はそれほどこわい先輩はいないはずです(笑))しかしこのころ厳しく指導されたことが今の仕事に繋がっていますから、当時の先輩にはとても感謝しています。

今までで一番嬉しかった事は

色々ありますけど・・・大きく言えばお客さんの拍手ですとか、あとは細かいところで言えば自分のしたデザインを褒めてもらったとか、認めてもらったとか。あとは間に合わないと思っていた作業が間に合ったとか(笑)、衣裳を調整したら動きやすくなったと俳優にいわれたとか、そういった細かいことで嬉しい事は沢山あります。作品を見て下さった方のアンケートに、衣裳のことが書かれていたり、四季の会員向けの会報誌アルプに、よく子どもが登場人物の絵を描いて送ってくれるんですけど、衣裳をよく見てるなこの子。とか、「見てくれてるんだな」って思って嬉しくなりますね。お客様たちの反応がやっぱり一番私達のチカラになりますね。

 四季ではひとつの演目に関わる人達をカンパニーと呼びます。私達衣裳スタッフも出演者や演出と同等かそれ以上に演目を理解しておく必要があります。例えば出演者が「2幕の◯◯のシーンで」と言った時に、スグに台本やシーンが頭に浮かばないといけないんです。そうして演目を一緒に作り上げていく過程も、舞台の初日が開いた時も本当に嬉しくなります。舞台の衣裳にしか味わえない醍醐味だと思いますね。

これから将来の夢などありますか?

 私5-6年前に、この先どうして行こうかとキャリアの行き詰まりを感じて、少し違うことをしてみたくなり、辞めようかと思ったことがありました。その時ちょうど日生劇場では「ニッセイ名作劇場」という、無料で子供たちを招待する活動の公演をしていました。そのとき偶然、私が昔衣裳デザインした作品を上演していて、そのファミリーミュージカルを観たひとりの子供から手紙が届いたんです。その子供が私の高校の時の同級生の子供だったんです。学校行事で「ニッセイ名作劇場」を観て、家に帰ってきて子供がパンフレットを見せたら私の名前が載っていて、そのお母さんがびっくりして、お母さんは高校以来からの近況報告、子供は作品を観た感想をそれぞれ手紙に書いて日生劇場のチケットボックスにあずけてくれました。その手紙を読んで、自分はこういう仕事をしているんだと自分の仕事を見返す事が出来ました。辞めようと思っていたけれど、手紙を読んで、このファミリーミュージカルができるのは劇団四季しかないし、最初はあまり知らずに入ったけど、今となっては四季の作品は好きだし、子供に命の大切さとか、思いやりとかそういうメッセージを伝えるという大事な仕事の一端を担っているんだなと再認識しました。見せかけのキャリアアップは考えずに、この仕事のレベルを上げて日々やって行こうと考え直しました。5-6年前もしその時辞めていたら、できなかったと思う仕事もあります。2011年の震災の年にやった「ユタと不思議な仲間たち」という作品で被災地を周る活動に関われたこと。昨年、一昨年に「アラジン」の開幕に関われたこと、辞めていたら関われなかった仕事があったなと思うと、人生の選択というのはどっちが良いかは選択する時にはわからないですね。「その時選んだ道で精一杯やって行けばいいのかな」と思いながら仕事をして来ました。これから先もこの仕事レベルを上げられたらいいなと思っています。この仕事が好きなので。

四季の衣裳の仕事を目指している学生へのアドバイス

 観るのが好きであったら、少し辛いかもしれません。入ってからギャップを感じるかもしれません。よく聞くのは思ったこととは違うので辞めるという場合です。もし、観るのが好きなら、観ているだけの方がいいかもしれません。仕事としてとらえた方が、苦しくなく続けられます。よく「観る天国やる地獄」と言われるんですけど、やっぱり裏には辛いことはありますし、観る方はそのきらびやかな世界に惹かれると思うんですけど、それを作り出す裏方というのは地獄だったりする、という意味でちょっと極端ですが、この業界をひと言で表すことばとして入団式のときに教えてもらいました。もちろん、観るのも好きだけど仕事としてもやっていけている同僚もいますから、覚悟と志次第でしょう。

四季が求める人材

現場的に感じることは、コミュニケーションが取れることは一番大事なことだと思います。コミュニケーションとはお喋りが上手いことではなく、仕事をしていく上での協調性や相手の事を考えられる想像力、連絡のキャッチボール、ホウレンソウ(報告、連絡、相談)が出来ることです。一人で仕事をしたい人だとちょっと辛いかなぁと思います。発想から製作までひとりでこなす芸術家とは違い、この世界ではデザイナーにしても、自分の世界観で発想したものを形にするには大勢の力が必要です。四季では何人もの人と協力して演目を作り上げて行くのが仕事です。演出家、出演者、他部署のスタッフ、チームのメンバー、製作会社、などたくさんの人たちと関わり、スケジュール、予算、などなど色々な条件と時には制約の中で最高のパフォーマンスを出す。楽しいけれど厳しい環境です。
 あと、学生時代しか勉強に専念出来る時間はありません。その時間を無駄にしないことが、四季で仕事をするためにも、他の会社に就職するにしてもきっとプラスになると思います。

<取材・編集/ 加島 瑞生、鷹見 咲、成澤 綺世香>